沖縄の本当の悲劇

今日、6月23日は沖縄の日です。

沖縄戦で20万人の尊い命が失われました。

この日が来るたびに日本人の当時の価値観が情けないくらいに思え、

他の方向性はなかったのか考えてしまいます。

姫ゆりの塔や平和記念公園も私は何度か訪れ、

そのたびに当時の悲惨な光景を思い浮かべては涙します。

我々、日本人が決して忘れてはならないことです。

 

戦後沖縄はアメリカの一部となり、長い占領下におかれ、

返還後もアメリカの基地の負担と数々の悲劇にみまわれ、

その苦痛は未だに終わることはありません。

沖縄の苦痛の上に我々の今の平和が

なんとか成り立っているいるのが現実です。

今日この日、改めて認識せざるを得ません。

沖縄戦の悲劇は未だに終わっていないのです。

いや、終わるというよりは本当の悲劇は敗戦とともに始まったのです。

 

沖縄戦のさなか沖縄の人たちは過酷な環境におかれ、

戦火と飢えに苦しみました。

戦いが終わった後、アメリカ軍の占領下で、

豊富な軍事物資が沖縄にもたらされました。

特にポークの缶詰やコンビーフなどのカロリーたっぷりの食料に

沖縄の人たちは魅了され、食らいつきました。

日本軍のもとでは考えられないくらい栄養豊かな状況になっていきました。

アイスクリーム、チョコレート、ハンバーグ、フライドポテトにフライドチキン、

そして大量に持ち込まれる安い牛肉!!

子供や若者は飛びつきました。

アメリカの高カロリー文化を満喫したのです。

 

今でも沖縄は安い牛肉、缶詰、揚げ物と返還後も

アメリカジャンクフード文化に占領されています。

その結果、長寿県を誇った県民の体はほとんどが

メタボ体型に変わってしまいました。

今では脳梗塞や心臓病ではワースト県の仲間入りです。

長寿を誇ったのは戦前生まれの戦後も昔からの

沖縄の伝統的な食を変えなかった人たちでした。

戦後69年が経過してその長寿の人たちもだんだん少なくなってきて

今では長寿日本一も長野県に奪われてしまいました。

沖縄の人たちの40,50代の人たちの肥満率は全国の2倍です。

今後は更にその人たちが中心になっていき、

平均寿命もどんどん低下すると予測されています。

 

実際、沖縄の地元の人たちがいく日帰りのお風呂に行きますと

びっくりです。

浅黒く、背中に毛が生えている如何にも沖縄人という人たちは

ほぼ100%メタボ腹です。

それも中途半端ではありません。

まるでアグーがお風呂に入っているように見えます。

普通の体型の人は如何にも薄い顔で内地の人に見えます。

 

沖縄の私の知り合いのお父さんが65歳で先日、他界しました。

脳梗塞でした。

やはり、かなりのメタボ腹でステーキと揚げ物が大好きでした。

知人の話ではその家は子供のころは朝からステーキを食べていたとか。

アメリカン軍が持ち込んだ安い牛肉があったればこそです。

 

沖縄の人たちはポークランチョンミートという缶詰やコンビーフ、ツナ缶を

箱買いします。

恐ろしいカロリーです。

コンビニのレジの脇には必ず揚げ物コーナがあります。

ジャックフードの店も花盛りです。

もはや、長寿と沖縄の健康食の伝説はありません。

 

沖縄の本当の悲劇は戦時中に飢えで苦しんだ島民が

アメリカの軍隊が持ち込んだアメリカ食を貪るるように

食べたことから始まりました。

そのアメリカの高カロリー食は島民の命を今

も奪い続けていることにあります。

沖縄戦で20万人の尊い命は失われましたが、

更に未だに一人一人の島民が命を奪われ続けているのです。

その命の累計は増え続け20万の命の時間を既に上回ったと考えられます。

 

悲劇はまだまだ続いているのです。

そしてTPPによってその悲劇は日本全国に広がろうとしています。